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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)5533号 判決 1962年12月19日

判   決

原告

今藤粂二

右訴訟代理人弁護士

日下基

被告

久保敬三

岡本石豹

被告ら訴訟代理人弁護士

仁藤一

管生浩三

被告久保敬三補助参加人

東光商事株式会社

代表取締役

光井司郎

右訴訟代理人弁護士

武井竹五郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は補加参加の費用とも原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は次のように述べた。

第一、請求の趣旨

被告は連帯して原告に対し金七三〇、〇〇〇円とこれに対し昭和三二年一月一四日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払いせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決と仮執行の宣言を求める。

第二、請求の原因事実

一、原告は、昭和三〇年五月一二日被告久保敬三に対し、同岡本石豹の連帯保証のもとに別紙目録記載の家屋を賃料一ケ月金一〇万円毎月末日に原告方に持参して支払う約束で、期間は、同月二〇日から三年間と定めて賃貸した。

仮に被告岡本石豹が連帯保証をしたものでないとしても、被告らは、共同して本件家屋を賃借した。

ところが被告らは、昭和三一年五月一六日からの賃料を支払はない。

二、そこで、原告は、被告らに対し連帯して同日から同年一二月末日までの賃料合計金七五万円とこれに対し本件訴状が被告らに送達された日の翌日である昭和三二年一月一四日から支払いずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三、なお年六分の割合による遅延損害金を求める根拠は、被告久保敬三が本件家屋を賃借して撞球業を営んでいる商人であるから、右賃借が商行為になることにもとづく。

第三、抗弁に対する答弁

一、本件賃貸借契約当時、本件家屋は原告の所有であるから売買契約に要素の錯誤はなく右契約は無効にならない。

(一)  原告と訴外北川末吉とが補助参加人東光商事株式会社(以下東光と略称)から主張のような約束で買いうけたことは認める。(但し所有権移転の時期をのぞく)なお右北川末吉は、東光の承諾をえて後程共同買受人の地位を脱退した。

(二)  右売買契約は特定物の売買であるから、登記手続や残代金の支払いを後日に留保しても所有権は売買契約の時に原告らに移転している。従つて、原告が被告らに賃貸するとき、原告は、本件家屋の所有権者であつたことになる。

(三)  仮にそうでないとしても、東光の右売買契約解除の意思表示は無効である。即ち原告は、残代金七〇〇万円の支払いをしなかつたので東光から、被告らが抗弁で主張するような解除の意思表示をしてきたが、右売買契約で東光が建物坪数一六〇坪以上あることを保証したのに真実は一四〇坪しかなく、しかも、都市計画のため本件家屋は無償で撤去のうえ土地は無換地で道路敷となることが後程原告に判明したので、原告は昭和二八年一〇月二〇日東光に対し売買代金の減額請求を申し入れ、同時に同月二五日支払うべき金一七五万円の支払を延期する旨申し入れ東光は右申し入れを承諾したのに、それを無視してそのような解除の意思表示をしたものでその意思表示は無効である。

従つて、このことからしても原告は本件家屋の所有権者である。

(四)  仮に原告の所有でないとしても、賃貸借契約では目的物が賃貸人の所有であることは原則として重要にならないから賃借人は錯誤による賃貸借としてその無効を主張することはできず、当事者が特に賃貸人が所有者であることを賃貸借契約で重要なものとした時には錯誤になるところ、本件賃貸借契約ではそのように特に重要なものとしたわけではない。

二、本件賃貸借契約は詐欺によるものではない。

原告は、自分所有の本件家屋を被告らに賃貸したのであるから、詐欺にならない。原告は右売買契約解除の意思表示が無効であると確信し、東光と係争しているのであるから、原告が東光から右解除の意思表示がきたことを被告らに告げなかつたとしても信義則に反するものではない。

三、原告は被告らに対し賃料請求権がある。

(一)  被告らが主張するような訴訟が係属したことは認めるが主張のような裁判上の和解をしたことは不知。

(二)  被告らの理論は東光が真実の所有者となつたときのことで、現在本件家屋の所有権をめぐつて原告と東光とが争い、いずれが、事実の所有者であるか確定されておらない。

従つて東光を直ちに真実の所有者であるとして立論できない。

(三)  賃借人である被告らは、現実に使用収益した部分について、原告に対し賃料支払義務を免れることはできないのであつて、原告が東光から本件家屋の明渡の執行をうけて被告らに対し使用収益さすことができなくなつたときはじめて本件賃貸借契約は履行不能となり原告はそれから後の被告らに対する賃料請求権を失うがそれまでは賃料請求権を失はない。

(四)  真実の所有者は、直接賃借人に対し末払賃料を不当利得として請求できないと解するから、被告久保敬三が東光から不当利得として末払賃料相当額を請求されたとき、同被告は原告に対し末払賃料の支払を拒絶できることを前提に、この理を不法占拠の場合にまで推論することは誤つた解釈である。

被告ら訴訟代理人らは次のように述べた。

第一、請求の趣旨に対する答弁

主文第一項同旨と、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求める。

第二、請求の原因事実に対する答弁

原告主張の請求の原因事実中一、の事実に対し

(一)  被告岡本石豹が連帯保証若くは共同賃借をしたことは否認する。

(二)  そのほかの事実は認める。

第三、抗弁

一、本件賃貸借契約は要素の錯誤により無効である。

(一)  被告久保敬三は、原告と本件賃貸借契約を締結するとき、右家屋が原告の所有であることを特に契約の要素にし、契約書にも「原告はその所有に係る右家屋を同被告に賃貸する。」と記載された。

(二)  ところが、原告は、本件家屋の所有権者でなかつた。

即ち、

本件家屋は、その階上を含めその敷地とも東光の所有であつたが、東光は昭和二八年四月一一日原告と右北川末吉に対し、これら全部を土地を含め金一、一〇〇万円で売却した。その代金の支払方法は、同日手付金として金一〇〇万円を、同月二八日物件引渡と引換えに金三〇〇万円を夫々支払い、残額金七〇〇万円は同年一〇月、昭和二九年四月、同年一〇月、昭和三〇年四月の各二五日に夫々金一七五万円宛分割して支払うべく、所有権の移転は代金完済と同時に東光が原告らに対し所有権移転登記手続をとるが、原告らが、右分割代金の支払を一回でも遅延したときは東光は直ちに右売買契約を解除し、既受領代金中金四〇〇万円を取得して残金を返還し原告らは直ちに全部これらを明渡すことを約束した。

しかして原告らは、右残額金七〇〇万円を約束どおり分割して支払はなかつたので東光は、昭和二九年二月一三日原告らに対し右売買契約を解除する旨の意思表示をしたところ、同月一四日原告らに右意思表示が到達した。

このように東光から適法に右契約を解除された後、原告はこれを自分の所有であるとして被告久保敬三に賃貸したものである。

二、仮に右抗弁が理由ないとしても、本件賃貸借契約は原告の詐欺により締結されたものであるから、被告久保敬三は、昭和三三年一月二〇日午前一〇時の本件第七回口頭弁論期日で右売買契約を取消す旨の意思表示をする。

原告は、右述のとおり東光との売買契約が解除されているのにその事情を同被告に隠匿し、同被告をして本件家屋が原告の所有物件であると誤信させて右賃貸借契約を締結させたものであるから、右契約は、原告の詐欺にもとづいてされたことになる。そこで、同被告は右を理由に右売買契約取消の意思表示をする。

三、仮に本件賃貸借契約が有効であるとしても、本件家屋の真の所有者が東光である以上、原告に賃料請求権がない。

被告久保敬三は、昭和三〇年一一月頃東光から、不法占拠を理由に所有権にもとづき本件家屋の明渡と、同年六月一日から昭和三一年一二月三一日まで一ケ月金八万七九円、昭和三二年一月一日から明渡ずみまで一ケ月金九万五六二円の各割合による賃料相当損害金の支払を請求され、大阪地方裁判所昭和三〇年(ワ)第四四四七号家屋明渡等請求事件として係属審理中、同被告は、本件家屋の所有者が明らかに東光であることを認めざるをえなくなり、昭和三二年一二月二三日東光と次の裁判上の和解をした。

(一)  東光は昭和三三年一月一日から同被告に対し本件家屋を賃料一ケ月金九万五六二円で期限を定めないで賃貸する。

(二)  同被告は昭和三一年六月一日から昭和三二年一二月末日まで一ケ月金八万七九円の割合による損害金合計金一五二万一五〇一円の支払義務のあることを認め、これを昭和三二年一二月二三日金六八万六七〇円、昭和三三年一月、二月、三月の各月末に夫々二八万二七七円宛各分割して支払う。

(三)  賃料は毎月末に東光に持参又は送金して支払う。

(四)  同被告が賃料の支払いを三回以上、(二)の分割金の支払いを二回以上夫々遅滞したときは賃貸借契約は解除され即時明渡の執行をうけても異議がない。

(五)  東光は、昭和三〇年六月一日から昭和三一年五月末日までの損害金の請求を取下げ、その支払いについては訴訟外で別途協議する。

などを条項とするもので、(五)項は、同被告が、本件家屋の所有者が原告であると信じて支払つた分についてその処理のために設けられた。

ところで、他人の物の賃貸において賃借人が真実の所有者から所有権にもとづく明渡並びに賃料若しくは賃料相当の不当利得返還の請求を受ける関係にあるときは賃借人は賃貸人に対し未払賃料の支払を拒絶できることは明らかである。それは、賃貸人が目的物について賃貸人に用益させ対価を収得する権能のないことが明らかとなつたときは、すでになされた用益に関する不当利得も終局的にその利得を収めうる真実の所有者と用益した賃借人との間で成立するというのが公平に適しそのうえ法律関係を簡易に決済するに適するからである。この理は、真実の所有者から賃借人に対し悪意の占有者であるとして果実の返還請求を求められた場合或は不法行為による賃料相当の損害金の支払を請求された場合も同断である。即ち事実の所有者は、賃借人に対し、不法行為にもとづく損害賠償請求権、不当利得返還請求権又は民法一九〇条による果実返還請求権にもとづき結局占有期間中の賃料の相当の支払いを求めうるのであり、これらは法律上の権利内容の差異はあつても、実質において同一のものである。

賃借人が真実の所有者から不法占拠を理由に賃料相当の損害金の支払いを求められているのに、なお賃貸人に対し賃料を支払はなければならないとすると、賃借人に対し苛酷であり、そのうえ不条理であるばかりか、真実の所有者と賃貸人との関係からみても、不必要である。

従つて、本件においても同被告が東光に対し賃料相当の損害金を支払うのであるから、原告は、同被告に対し未払賃料の支払を請求できないと解するのが公平であり、そのうえ法律関係を簡易に決済することになる。

四、被告岡本石豹は、同久保敬三の連帯保証をしたこと若くは共同賃借をしたことはないが、仮にあるとするなら、同被告の右一ないし三の抗弁を援用する。

被告久保敬三補助参加代理人は次のように述べた。

東光は被告らが主張するように、原告と北川末吉に対し本件家屋を階上と土地を含め売却したところ、原告らは売買代金を支払はないので、その主張のように解除した。そうして、東光は、被告久保敬三と主張のような裁判上の和解をしたもので、本訴において、本件家屋の所有権をめぐつて原告が再び争うことになると、東光はその結果について法律上の利害関係があるから、同被告を補助するため参加する。

証拠関係<省略>

理由

一、原告主張の請求の原因事実中、一、の事実のうち被告岡本石豹が別紙目録記載の家屋を被告久保敬三が賃借するその連帯保証をしたこと若くは被告ら共同で右家屋を賃借したことをのぞきそのほかの事実は当事者間に争いがない。

二、被告岡本石豹は本件賃貸借契約の連帯保証人でもなければ共同賃借人でもない。

(証拠―省略)を総合すると、同被告は、本件賃貸借契約締結の際の立会人にすぎないことが認められ、右認定に反する証人(省略)の証言の一部と原告本人尋問の結果は信用しない。原告本人尋問の結果成立が認められる同第二号証には賃借人として被告らの名前が掲記されているが末尾に被告らの署名押印がないから、同号証は、右認定を左右する証拠にならないし、ほかに右認定をくつがえすことのできる証拠はない。

そうすると、被告岡本石豹に対する本訴請求はその余の判断をするまでもなく失当であり排斥を免れない。

三、原告と被告久保敬三との間の本件賃借契約は要素の錯誤により無効とならない。

(証拠―省略)を総合すると、同被告は撞球場を開設するためその店舗の賃借方を不動産仲介業者である訴外中野政太郎に相談したところ、同訴外人は、本件家屋を紹介した。そこで、本件家屋の前賃借人訴外大正商事株式会社の代表者訴外内本某及び中野政太郎と同被告は、昭和三〇年四月二〇日頃原告とあい、同被告が本件家屋の賃借権を譲りうけたいと申し出たので、原告は、同被告に対し敷金一〇〇万円賃料一ケ月金一〇万円で、賃貸することを約束した。そのとき同被告と右中野政太郎は、本件家屋は原告の所有であると考えており、中野政太郎は、同年五月一二日賃貸借契約書の文案を作成するときも、そのことを特に原告に確めることはしないで当然原告の所有であろうとの頭で、第一条に、「原告所有の本件家屋を同被告に賃貸する。」とうたつたこと及び原告も本件家屋が自分のものであると考えていたことが認められ、右認定に反する証人(中略)の各証言の夫々一部は採用しないし、ほかに右認定をくつがえすことのできる証拠はない。

右認定の事実からすると、原告と同被告は右賃貸借契約において、本件家屋が原告の所有であることをその意思表示の内容としているが、そうだからといつて、そのことから直ちに同被告と原告が本件家屋の所有権者が原告であることを右契約の要素としたとするわけにはいかない。同被告としては、そのことを右契約の要素にしたと主張するのであるなら、それを肯認することのできる特別の事情を主張立証すべきであるのに、ただ契約書の文言中は「原告所有の本件家屋を同被告に賃貸する。」とあることだけを挙示してそれによつて右契約において原告に本件家屋の所有権があることを要素にしたと主張しているようであるが、右認定の契約締結の経緯を考えると、その文言だけでは、まだ特別の事情があつたとすることはできない。

以上の次第で、本件賃貸借契約では、原告が本件家屋の所有権者であることを要素としたものではないから、従つて同被告主張の要素の錯誤により本件賃貸借契約は無効であるとの抗弁は失当である。

四、本件賃貸借契約を詐欺によるものとして取消すことはできない。

右認定の事実からすると、同被告は本件家屋が原告のものと考えて本件賃貸借契約を締結したことになるが、本件に顕れた全証拠を精査しても、原告が同被告に対し、自分が真実の所有者であると欺罔し、その旨誤信した同被告と本件賃貸借契約を締結したことを肯認することのできる証拠はどこにもない。却つて賃貸当時は勿論のこと現在でも原告は本件家屋が自分の所有であると考え前所有者と抗争していることは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、原告に、賃貸当時、自分が真実の所有者でもないのに同被告に対し自分が真実の所有者であると思い込まそうとする意思はなかつたとしてよい。

そうすると、同被告主張の本件賃貸借契約は原告の詐欺によるものであるから取消す旨の抗弁は採用に由ない。

五、原告は同被告に対し末払賃料請求権がない。

(一)  原告と訴外北川末吉とは昭和二八年四月一一日補助参加人東光商事株式会社(以下東光と略称)から、その所有に係る本件家屋を、階上及び土地とも金一、一〇〇万円で買いうけたこと。その代金支払方法は、同日手付金一〇〇万円を、同月二八日物件引渡と引換えに金三〇〇万円を夫々支払い、残額金七〇〇万円を被告ら主張のように分割して各支払うべく、原告らが右分割金の支払いを一回でも遅延したときは東光は直ちに右売買契約を解除し、既受領代金中金四〇〇万円を取得して残余を返還し原告らは直ちに全部の明渡しをすることを約束したこと。原告らは右残代金七〇〇万円を約束どおりに分割して支払はなかつたので東光は昭和二九年二月一三日原告らに対し右売買契約を解除する旨の意思表示をしたところ、同月一四日原告らに、右意思表示が到達したことは当事者間に争いがない。

(二)  (証拠―省略)を総合すると、原告らは、東光に対し約束どおり残代金七〇〇万円の支払いをしないばかりか、右売買契約締結後本件家屋の敷地について都市計画上道路敷地として予定されているのに無換地であり、本件家屋と二階に対する無補償であることが判つたが、右契約では土地の換地と家屋の補償のあることが特約として契約内容に含まれており、又建物の延坪数が一六〇坪以上あることにして契約を締結したにも拘わらず、実際には一四〇坪であることを主張して譲らなかつたので、東光の方で右売買契約を解除した。しかし原告が主張するようなことが右契約の内容となつておらなかつたし坪数についても現存物件をそのまゝ引渡せばよい取引であつたので、原告が主張するような事由は原告が残代金の支払いを拒む理由とはならないわけで、従つて、東光の右解除の意思表示は有効であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  右認定の事実からすると、東光と原告ら間の本件家屋の売買契約は、昭和二九年二月一四日かぎり適法に解除されたことに帰着する。

そうすると原告は、右解除後である昭和三〇年五月一二日東光所有の本件家屋を被告久保敬三に賃貸し、同被告は、これを使用収益したわけで、同被告は、本件家屋を使用収益した限り原告が本件家屋の所有権者でないことを理由に原告の賃料支払請求を拒むことはできないが、東光は事実の所有者として原告に対し取得した賃料額を不当利得として返還請求することができること勿論である。

(四) このような場合東光は賃借人である同被告に対し未払賃料部分の用益に対し賃料相当の不当利得の返還請求権等を有し、従つて同被告は、原告に対し未支払賃料の支払を拒絶できると解するのが相当である。(大判昭和一三、八、一七、民集一七巻一、六二七頁参照)そのわけは、原告は同被告に対し、同被告がした用益の対価を収得する権能のないことが明らかになつたのであるから、すでに同被告がした用益に対する不当利得を東光に帰属させるのが公平であり、又法律関係を簡明に決済することになるからである。

この理は、同被告が東光から、未払賃料部分の用益に対し不法行為を理由に賃料相当の損害金の支払いの請求をうけている場合も同断であると解するのが相当である。即ち、東光としては、同被告の本件家屋の収益に対し、それを不当利得と構成しようと、不法行為による損害と構成しようと、悪意の占有者に対する果実の返還と構成しようと、その各構成要件は法律的に異つていても、三者は制度的には結局同被告がすでにした本件家屋に対する収益をそのまゝ同被告のもとにおいておくのは公平に反するから本来収益を収得する権能を有する東光に返還させる目的に仕えるものであつて、たまたま東光が同被告に対し未払賃料部分の収益を賃料相当の不当利得として請求したとき同被告は原告に対し未払賃料の支払を拒絶できても、東光が同被告に対し右収益を不法行為による賃料相当の損害として請求したとき、同被告は原告に対し末払賃料の請求を拒絶できないとして両者を区別しなければならない根拠はどこにも見当らない。

今この見地に立つて本件をみると、

(証拠―省略)によると、同被告は、昭和三〇年一一月八日東光から、本件家屋の不法占拠を理由にその明渡しと、昭和三〇年六月一日から昭和三一年一二月三一日まで一ケ月金八万七九円昭和三二年一月一日から明渡しずみまで一ケ月金九万五六二円の割合による賃料相当の損害金の支払を請求した訴訟を提起され、昭和三二年一二月二三日大阪地方裁判所第四民事部法廷で同被告は東光に対し昭和三一年六月一日から昭和三二年末日まで一ケ月金八万七九円の割合による損害金合計金一五二万一、五〇一円の支払い義務のあることを認めこれを、昭和三二年一二月二三日金六八万六七〇円昭和三三年一月、二月、三月、各月末限り金二八万二七七円宛夫々分割して支払うこと。東光は、昭和三〇年六月一日から昭和三一年五月末日までの損害金請求を取下げ、その支払について訴訟外で双方協議することなどを条項とした裁判上の和解をしたこと及び、右和解成立の日第一回分金六八万六七〇円が支払はれたことが認められ右認定に反する証拠はない。(そのような訴訟が同裁判所に係属したことは当事者間に争いがない。)

そうすると、同被告は、昭和三二年一二月二三日東光に対し、昭和三一年六月一日から同年一二まで一ケ月金八万七九円の割合による賃料相当の損害金を支払い、昭和三一年五月分についても東光と更に協議して支払うことを約束しているわけであるから、同被告は、これを理由に原告が同被告に対して本訴で請求している同年五月一六日から同年一二月末日までの未払賃料の支払いを拒絶することができるとしなければならない。

若しそのように拒絶できないとすると、同被告は二重に支払うことを余儀なくされる。しかもその賃料は、もともと東光が原告に対し不当利得として追求できるものである。しかし東光は既に同被告から損害金の支払いをえているのに、なおそのような追求が許されるのであろうか。それが許されるとして東光が、原告に対し不当利得返還請求権を行使しないとき、同被告が代位行使するのだらうか。そうすると同被告は原告に対し一度未払い賃料を支払い今度は東光の同請求権の代位行使という手段によつてその返還を求めるという迂遠な道を通らなければならない。東光に右のような追求が許されないとすると、同被告の二重払に対する救済方法は何かなど困難な問題に逢着することになる。しかしこのようなことは、同被告が原告に対し未払賃料の支払いを拒むことができるという見解をとることによつて一挙に解決することができるのであつて、この見解は法律関係を簡明にすることにおいて、又同被告の保護においてすぐれているといえる。

(五)  なお原告は、被告らの立論は東光が事実の所有者であることが確定されてはじめていえることであつて、原告は、現在東光と本件家屋の所有権の帰属をめぐつて係争中であると主張しているが当裁判所は証拠により本件家屋の所有者が東光であることを認めたわけであり、この認定された事実をもとに法律解釈をほどこした結果被告らと同一の結論に達したものである。原告は確定判決によつて所有権の帰属が決まるのでなければまだ不充分であると主張するのであれば、当裁判所は、そのような確定判決があるまで手をこまねいておらないということになり到底そのような理論に左袒するわけにはいかない。

六、以上の次第であるから原告の本訴請求は失当であり棄却を免れない。そこで民訴八九条九四条を適用して主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第三九民事部

裁判官 古 崎 慶 長

目録<省略>

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